豊川稲荷に、やっぱり呼ばれていた話

こんにちは。Shinです。
行ってきました、豊川稲荷!
前回の記事で書いた、共同創業者のSさんの目の前にピンクのネオン文字で浮かんだ「豊川稲荷」。
「来ればわかる。絶対に来い。11月に入ったらすぐ」というあれです。
結論から言うと、やっぱり呼ばれてたんだなぁと思った。
今日は、旅の間に考えたことや感じたことを、徒然に書いていきます。
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72年ぶりの御開帳、その初日にお伺い
実はこの11月1日から、豊川稲荷では72年ぶりの御開帳が始まっている。
普段は閉じられている秘仏・吒枳尼眞天(だきにしんてん)さまの御厨子が開かれる、とんでもないタイミング。
「11月に入ったらすぐ来い」というのは、これのことかと。
チャネリングで「何日に行けばいい?」と聞いたら「1日か2日〜!」と即答。
ということで、11月1日、御開帳の初日に東京から新幹線で向かった。
10時半に着いた時点で、当日の祈祷は満席。オンライン予約も翌日までいっぱい。予約サイトあること知らなかったわ!
「当日枠があるので、明日の朝イチでまた来てください。」と言われた。
いやでも、東京から来て、今夜は岐阜泊まり。豊川稲荷から電車で1時間半くらいかかる。
「うーん、朝イチですか…」と困っていたら、お坊さんの計らいで、翌日の最終枠に特別に入れてもらえることに。
祈祷の申込書に書いた金額5万円+1万円(今回設立する2社分)をちらつかせた甲斐があったかもw
わざわざ東京から新幹線で初日に来た、というところに本気を感じてもらえたのかもしれない。
ちなみに、「1日に来いって言ってたのに、なんで2日にまわされたの?」とチャネリングで聞いてみたら、1日は団体で機械的にせわしなく祈祷を受けることになっていたから、とのこと。なるほど。
特別開帳の列(本殿の中に入って、秘仏の身代わりの像を拝む)は3時間待ちだったらしい。

そもそも豊川稲荷って?
改めて、豊川稲荷について。
「稲荷」と付いているけど、実は神社ではなく曹洞宗のお寺。正式名称は「豊川閣妙厳寺」。

ご本尊は千手観音さまで、白い狐にまたがった吒枳尼眞天さまは、お寺を守る鎮守としてお祀りされている。今回の御開帳は、この吒枳尼眞天さまの御厨子の扉が開くもの。
お寺なのに、境内には鳥居もあるし、稲荷神社もある。これは神仏習合の名残。江戸時代までは、稲荷の神さまと荼枳尼天は同じものとして見られていたらしい。明治の神仏分離で、神社の稲荷は宇迦之御魂神、お寺の稲荷は荼枳尼天、と分けられたんだとか。


そして、私の魂のお友達であるやっさん(徳川家康公)も信仰していたらしい。
超VIP待遇だった
改めて伺った2日目の祈祷。すごかった。
祈祷料は奮発してみた。量子の新会社で5万円、資産管理会社で1万円。

そうしたら、こうなった。
- 待合室が、私ひとりだけ|同じ時間に祈祷を受ける人は80人ほどいたのに、私だけ別室で1。お茶とお菓子も出てきた〜!
- お坊さんのエスコート付き|わざわざ待合室まで迎えに来てくれて、本殿まで付き添ってくれる
- 席は最前列のど真ん中|みんなが席についている中を、一番いいポジションに案内される
- 吒枳尼眞天さまの前へ|3万円以上の人は、1人ずつ名前を呼ばれて、特別に開帳している吒枳尼眞天さまの前まで案内してもらえる。しかも名前を呼ばれたのが2番目。(意識して最初を避けた理由は、前の人の所作をみたかったからw)
- 祈祷のあとは、別座敷で豪華な精進料理|食べていたのは、これまた私ひとり


祈祷では、大般若経の「転読」というのをやっていた。経本を扇のようにパラパラーッと広げて流す作法。

帰り道、前を歩いていた人が「なんか短かったね」とボソッと言っていたんだけど、手抜きではなくて正式な作法らしい。600巻を全部読むと何日もかかるので、転読で読んだのと同じ功徳になるんだとか。
で、経本をパラパラさせたときに起こる風は「般若の風」と呼ばれていて、災いを払うとされている。
つまり、最前列のど真ん中は、いちばん般若の風を浴びる席。ありがたや。
ちなみに、読経のリズムが恐山の祈祷とそっくりだった。調べたら、どちらも曹洞宗。なるほど。
祈祷のあとは、スーパーサイヤ人状態
祈祷が終わってから、頭の上あたりに、なんか質量を感じる。
少し弾力のある、ふわふわしたエネルギー。お稲荷さんかな??
他者フォトンとか、余裕で跳ね返している感じがする。
なぜ「呼ばれていた」と思ったか
旅から帰ってきて、11月5日の定例会議。
SさんとFさんも「豊川稲荷に行きたい」と言うので、一緒にオンライン予約を見てみたら、11月の祈祷は全部いっぱい。当日枠もありません、の表示。
ん? 私は当日枠でいけたんだが…。
72年ぶりの御開帳の初日に行って、満席なのに特別に入れてもらえて、最前列のど真ん中で般若の風を浴びる。
これはやっぱり、呼ばれていたんだなぁと思う。
やっさんのゆかりの地も巡ってきた
せっかくなので、魂のお友達であるやっさん(徳川家康公)ゆかりの場所もめぐってきた。
熱田神宮


名古屋にある由緒ある神社。
資産管理会社にゆかりのある神社なので、参拝。
「ようこそ〜おいでなまし〜♪」って、軽やかでめっちゃウェルカムなエネルギーで出迎えてくれた。
境内には、樹齢1300年といわれる大楠がある。弘法大師のお手植えと伝わる木。
やっさんは幼いころ、竹千代と呼ばれていた時代に、織田家の人質として熱田で2年ほど暮らしていたらしい。ということは、この楠を見ていたはず。
400年以上前にやっさんが見ていた木を、同じように見上げている。なんか感慨深い。
熱田神宮には神楽祈祷というのもあって、資産管理会社のほうはこっちで祈祷してもらおうかなと思ったんだけど、チャネリングで聞いたら「資産管理会社のほうも豊川稲荷やろ〜!」とのこと。後ろ髪をひかれつつ、あとにした。
長良川温泉


ラドン温泉みたいな、放射線系のやや強めの温泉に入ってみたかったので、岐阜の長良川温泉に泊まった。茶褐色のにごり湯。
長良川といえば鵜飼らしい。やっさんは、大坂夏の陣の帰り道に長良川の鵜飼を見物したんだとか。
あいにく鵜飼のシーズンは10月半ばまでで、見られなかった。でも、そんな昔からあるとは思わなかったので面白かった。
関ヶ原
そして、やっさんが天下を取った関ヶ原へ。
まずは南宮大社にお参り。鉄の神様で、鉱山・金属業の総本宮。新しい会社では鉱石や金属を扱うことになるので、ここは外せない。




それから、やっさんの最初の陣地(桃配山)を横目に、最後の陣地(陣場野)をめぐった。


この日は雨で、濃い霧。
関ヶ原の決戦の朝も、雨のあとの濃霧だったらしい。まったく同じ天候。霧の中の出陣のイメージが、新会社のスタートと重なった。
関ヶ原の戦いは、西軍8万、東軍7万。陣容からすれば西軍の勝利は間違いないと言われていて、家康さんが勝ったのは奇跡とも言われている。
でも、知れば知るほど、家康さんは事前に段取りをしっかり重ねて、勝つべくして勝ったんだなとわかる。開戦時には三方を囲まれた布陣だったけど、背後の南宮山の毛利勢や、松尾山の小早川とは、事前に話がついていた。家康さんの本隊3万は、ほとんど戦っていないらしい。
「段取りすればOK!」
そんなメッセージをもらえた気がする。
あとがき
今日の定例で熱田神宮の話をしていたら、共同創業者のSさんがこんなことを言い出した。
「そういえば、家の奥から突然、どこかの笛が出てきたんですよ。名前を見たら熱田神宮って書いてあったんですよ。行ったことないのに不思議だなぁと思ってたら、Shinさんが熱田神宮のことを語り出して、びっくりしました。」
そんなことある?w
というか、Sさんは(詳しくは書けないけど)熱田神宮とめちゃめちゃゆかりのある人。今度は私を通じて、Sさんに「熱田神宮に来いや!」というメッセージが届いている気がする。
豊川稲荷の祈祷が全部埋まってしまったので、「Shinさんは呼ばれたのでそりゃいけますよね。私らは呼ばれていなかったっぽいのでどうするかなぁ」と呟いていた。
呼ばれる場所は、人それぞれ。熱田神宮をおすすめしておいた。



























